プラセンタとは

プラセンタの歴史

プラセンタにはとても古い歴史があります

日本でプラセンタが一般に広く知られるようになったのはまだ最近のこと。
ですが、その歴史は非常に古く、早くは紀元前から医学の父と呼ばれるヒポクラテスがその効果に着目しています。
その他にもクレオパトラやマリー・アントワネットも美容や若返りの目的で使用していたと言われています。
また、近代ではエリザベス・テーラー、マリリン・モンロー、オードリー・ヘップバーンなども使用していたそうです。

中国では秦の始皇帝の時代から

中国においてもプラセンタは古い歴史があり、秦の始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)の時代から不老長寿の薬として重宝されていたようです。
プラセンタがはじめて書物に登場するのは紀元後10世紀頃のことで、唐の時代に編纂された「本草拾遺(ほんぞうしゅうい)」に「人胞(じんぽう)」や「胞衣(なえ)」などの名前で紹介されていました。

その後、明の時代に編纂された「本草項目」という薬物書では「紫河車(しかしゃ)」という名前で登場。
現代の中国の薬事典でもプラセンタはこの「紫河車」の名前で収載されています。
「紫」は帝王を意味し、「河車」は精霊的なものを意味しています。

日本では江戸時代から

日本でもプラセンタが使われるようになったのは江戸時代の頃からで、加賀(石川)の三大秘薬のひとつといわれた「混元丹(こんげんたん)」に「紫河車」として処方されていました。

プラセンタの組織療法の研究も始まる

その後、プラセンタを使った組織療法が日本に伝わり、1950年にプラセンタを研究していた医師たちが集まって「組織療法研究所」を設立します。
1956年にはこれを「メルスモン製薬株式会社」に発展させ、厚生省からプラセンタに医薬品としての許可をもらい、更年期障害と乳汁分泌不全の注射薬として製造・販売を始めています。

これとは別に組織療法を日本に広めたのが稗田憲太郎博士です。
冷蔵したプラセンタから抽出したエキスを活用する「冷蔵胎盤漿液」の開発に成功させ、1959年には稗田博士の研究に基づくプラセンタエキスの注射薬が使われ始めるようになりました。

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